自分の葬儀をプロデュースしてみせた金子哲雄さんの「生きざま」

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生きるということ、そして死ぬということは果たしてどういうことなのか。

僕の死に方 エンディングダイアリー500日』(金子哲雄著、小学館)は、長い歴史のなかで人間が直面して

きた普遍的な問題について、改めて考えさせてくれる書籍です。

ご存知のとおり、著者は流通ジャーナリストとしてテレビ、ラジオ、雑誌などで活躍した人物。

しかし2012年10月、「肺カルチノイド」という急性の難病によって41才という若さで急逝されました。

金子さんは“人生最後の舞台”を自分で準備し整えていました。

死期を悟った金子さんは、約2カ月前から葬儀会社と相談。

パンフレットを見て、納骨場所でもある斎場、霊きゅう車、棺や、参列者に振る舞う仕出し料理まで自ら選択した。

会葬礼状も日付だけを空欄にして、妻の稚子さんに託した。

iPadなどのデジタル機器を駆使し、入念な下調べをした流通ジャーナリストらしい“仕事ぶり”。

斎場は東京タワーのふもとに決めた。レギュラー番組を収録していたスタジオも近くにある、なじみの深い場所。

体調を崩した著者が宣告を受ける場面から始まる本書では、

生い立ちにはじまり、流通ジャーナリストとなるまでの経緯、さらには死に至るまでのプロセスが冷静な筆致で

つづられています

 

ふたつのことに驚かされました。

まずは、確実に訪れる死と直面しながらも、著者が決して取り乱さない点。

「目を開けている間は泣き続けた(99ページ)」というような表現は何度か出てくるのですが、

どんなときにも落ち着いて、自身の状況を見つめているように思えるのです。

そしてもうひとつは、死をはっきりと意識してから、自分の最期をプロデュースしてみせたこと。

遺産整理、お墓の選定、葬儀の準備、お礼の食事会までを自ら手がけ、周囲の人に迷惑がかからないように

すべての段取りを整えたのです。

ここまで徹底した自己管理能力を持っていたからこそ、生前著者は成功できたのかもしれません。

 

正直に言うと、今すぐ死にたい。この苦しみから解放されたい。誰かが死なせてくれるなら、喜んで死ぬという気持ちにもなる。
でも、もう動けない。
(中略)
天命に従うしかないのだろう。
自分の人生を選択してきたつもりだったが、最後の最後になって、終わりの瞬間を選べないとは。
でもいい。
自分は最後まで、自分に正直に生きてきた。濃い人生だった。そのことを、誇りに思う。

(161ページ)

この記述に続き、最後のページでは関係者への感謝の気持ちを述べ、そしてやはり冷静に締めくくっています。

なんだか、最期のメッセージが淡白で、色気のない文章になったことを、お詫びしたい。

(163ページ)

さらに心を打つのは、奥様による「あとがき」です。そこでは、著者が旅立つまでの描写が克明に、しかし客観的に描写されています。

あの世に向かっているんだな。
そのことがはっきりとわかりました。
(中略)
だんだんと音が静かになっていきます。
そのうちに、いつものような寝息に近い状態になりました。静かな静かな寝息です。すーっと吸っては止まる。すーっと吐いては止まる。その繰り返しです。
そのリズムが、だんだんとゆっくりになり、そして止まりました。
最期の呼吸が止まった瞬間に、金子の体が物体になったのがわかりました。金子の体はここにあるけれど、でも、金子がここにいないことは、よくわかりました。

(186ページ)

これを読んでいる人たちの多くは若く、まだ死というものを実感できないかもしれません。

しかしそれ以前に、

いつか死ぬために、どう生きるか

を考えるうえで、とても参考になる書籍だと思います。

本書を手に取った方は、どんな感想をもったでしょうか。

 

出典元:lifehacker

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