死神の目撃談

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3つの死神目撃談


一つ目は、病院に緊急入院した上に『面会謝絶』になったときの話です。

病室のドアの上の小窓から、自分のことを覗いているおじいさんがいて(この時点で人外の存在ですね)、音も無く病室に入ってきたかと思うと、自分の顔を覗き込みながら、
「おまえはもうすぐ死ぬんだぞ」
といわんばかりにニヤッと笑ったそうです。
その後夜になるたびに枕元にやってきては明け方まで顔を覗き込んでいたそうで、その方はそのたびに心の中でお経を唱えてながら、おじいさんの目をにらみ返していたそうです。
ある夜、
『自分にはまだ幼い子供がいて、今死ぬわけには行かないんです』
と情に訴えると、おじいさんは背を向けて部屋から出ていったきり姿を現さなくなったそうです…。
そのおじいさんはのどを手術したのか、のどに白いガーゼを当てていて、呼吸をするたびにガーゼがヒクヒク動いていたそうです。

 

二つ目は、都内の某地下鉄で『死神に取り付かれている人』を目撃した話です。

その地下鉄は地上と地下を交互に走っている区間があり、そこのトンネルに入ったとき、ふと斜め前のシートに座っているサラリーマン風の男性の顔がガイコツに見えたそうです。
地上に出ると元も男性に見えたために目の錯覚かと思っていたら、トンネルに入ると再びガイコツになったのを見て、
『この人は死神に取り付かれているから、もうすぐ亡くなってしまうのだな…』
と思ったそうですが、まさか本人に、
「あなた、もうじき死にますから、病気や事故に気をつけてください」
と告げるわけにも行かず、そのうちに自分が降りる駅へと着いてしまったため、その男性のその後の消息はわからないそうですが…。

 

三つ目は、やはり某鉄道に乗っているときの話です。

その方の乗っている電車が急停車をしたそうです。
なにごとかと思ったら、飛び込み自殺があって、なんと飛び込んだ女性が発見されたのは、その方のすわる席の真下だったそうです。
今思えば、口の端からわずかに血を流しているだけの、まるで眠るような彼女の死に顔を見て、
『やすらかに成仏してくださいよ』
と同情したのがそもそもの間違いだったそうです。
その夜から、体のだるさや疲労感を感じるようになり、そのうち、
『あなたも死になさいよ…』
とささやく女性の声が、どこからともなく聞こえるようになったそうです。
『死ねば楽になるのに…』
と、まるで催眠術のように繰り返しささやかれる言葉に、その方はいつしか引き込まれていってしまい、正確な判断力を失って、ある日とうとう、工業用青酸カリの溶液を口にしてしまったのだそうです。
口に含んだ激しい刺激でわれに返ると、溶液をあわてて吐き出したそうですが、数日間は口の中全体がただれてしまったそうです…。
『あなたも死になさいよ…。死ねば楽になるのに…』
という死への誘惑はその後も続き、その方の精神も体力も限界になろうかというときに、アパートの隣室の男性がガス漏れで亡くなるという不幸な出来事がおきると、女性の『死』をささやく声はしなくなったそうです。
結局、その女性の死神は『声』だけで、姿は一度も見なかったそうです…。

 

そもそも死神とは?


じつは死神にも色々あるそうで、「西洋の死神」と「日本の死神」があります。
西洋の死神は、みなさんが想像しているような、大鎌、草刈鎌を持ち、黒を基調にした傷んだローブを身にまとった人間の白骨の姿の死神だと思われます。                                                                                                         ちなみに西洋の死神が持っている定番の大鎌は スキタイ人の武器の三日月の鎌で、去勢の儀式にも使われていてそれに由来してるそうです。

日本の死神は西洋の死神と違い、分類としては魔物として扱われており、死にまつわる魔として「死魔」と呼ばれている。人間を死にたくさせる魔物で、これに憑かれると衝動的に自殺したくなるなどといわれ、「死神」と説明される。しかし、姿など容姿をはっきり伝えられた文献というものは存在しておらず、死を司るということで一番死神に近いとされるのはイザナミノミコトという神です。

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【イザナミノミコト】

今回は日本の話なので日本の死神について少し考えました。

 

そもそも死神はいるのか?


死神は実在するのか?という疑問に対しての答えは、正直「わからない」といったのが答えになります。というのも、死神をみたという情報を探していると、多数の目撃情報があるにも関わらず、ほとんどの目撃情報が、現在アニメや、漫画といった創作物に酷似している。
これは現代に海外から伝わった死神からのイメージが非常に強く、日本本来の死神の姿とは、似てもにつかぬ姿なわけです。となると、みるものによって認識される姿が変わるのか?と疑問に思えてきます。
本来、日本の死神(イザナミノミコト)は、人の生死を司る力を持った神ですが、死期が近い人間の元に現れるといった事はないのです。
こうなってくると、死神をみた!というのを本来の死神とひとくくりにするのは、少し難しいと思います。

そもそも日本に死神という存在が認知され始めたのが、江戸時代始めとされており、初めて記述があったのがその頃であり、そんな古くに想像された、あるいは伝えられた姿のまま、日本の死神がその姿を留めているとは限らないわけですよね。
もうこうなってくると死神の定義から見直さなければならないのか・・・?

 

目撃談から伺えること


目撃者の話を聞いていると、数多くの事例が、他者の死亡、もしくは本人に危険を知らせるものに現れているように思えます。つまり目撃者本人が死んでしまっていることはあまりない。

このことから考えられることは死神は死を連想し、もっとも具体化しやすい姿なのではないかと思います。
身近な近親の死や、自分の死を一番身近に感じたときに、元々は形のない“死”に畏怖を持たせる為、脳が見せているのではないでしょうか。

もちろん存在を否定しているわけではありません、これはあくまで今生きている僕の考えだからです。科学的に証明されていない存在を否定することは誰にもできません。
死を迎える本人が死期が近づいているために見える死神を、生者が存在を確かめる術がないわけで・・・それを目撃談として聞くことはほとんどないのは当たり前っちゃ当たり前。

なので上記で説明したとおり、存在するかどうかは「わからない」となるわけです。

どちらにせよ一般的な西洋的イメージ(大鎌をもった黒マントを羽織ったガイコツ)ではなく、ごく普通の人間の姿をしているのでしょう。
つまりは、私たちの誰もが『死神になれる』のではないか、と思っています…。

出典元:キニナルーツ

 

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