I live in my cosmic world.  vol.4 *カラフルなおしゃべり* ~臨死体験~

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4年前、愛するひとが自殺して、後追い自殺を試みた。

 

見つかると困るものを処分した。
部屋を綺麗に片付けた。
お世話になった方々に、それとなく挨拶に行った。
遺書を書いた。

 

思い残したことはあるかな……と考えて、はじめてのセックスをした。
セックスは、生きるための試みだから、死にたいわたしは濡れないかと思いきや、ふつうに濡れて。
なにも宿すことのなかった子宮の手前から血が流れてきて、生きることはひたすら汚いことだと思った。

 

すでに、「セックス」以外の「男」をいくつか知っていたわたしは、はやくから清純でも少女でもなかったから、
死んだって綺麗じゃないんだな、となんだか悲しくなった。

 

「17歳の少女の自殺」というイメージに沿った自殺にはならないことや、
「17歳らしい17歳になれないこと」がなんか、悲しかった。

 

そういえば、数年前に録画された、わたしがはじめて「くわえた姿」、死んだ後に出てきたらどうしよう。
お母さん、悲しむかな。

 

一瞬気になって、すぐにどうでもよくなった。

 

 

急いで、大人になった。
「まだ子供だから」という言葉は安心や安全を保証してくれるわけでなく、
わたしの人生の決定権はわたしにはないような、わたしの意思や心は意味がないような、そんな意味で使われた。

 

はやく、大人になりたかった。
頑張って、傷ついても平気なふりをした。
麻痺してなにも感じなくても、大丈夫になった。
それが、大人になることだと思ってた。

 

なにも感じなくて、生きることをやめようとしているじぶんは、
これまでの人生で矢面に立ってじぶんを守ってきたじぶんなはずなのに。
わたしはなにを守りたかったんだろう。
じぶんを殺せば、わたしはわたしと繋がれるのかな。

 

 

カッターを握りしめて首元を刺した。
死のほとりにたどり着いた。

 

死んだ彼女の声が聞こえた。
嬉しくて駆け寄って、「なんで置いて行ったの」と散々文句を言って、笑いあった。

 

「自殺って、差別はされないけど、なんか区別はされるというか。
いや、誰にも区別はされないんだけど、生きたくても生きられなかったひとたちを前に、じぶんにも引け目があって。
死んでも、なんか、浮いてる。でも楽になった。」

 

彼女はそう言って、ふざけたように笑った。

 

たくさんの話をした。
生きること、死ぬこと、なんていう二元論が馬鹿らしくなるような、カラフルなおしゃべりだった。

 

話したいことを話しおわり、一息ついた。
少しの「間」のあと、彼女は「こっちに、くる?」とわたしを誘った。

 

静寂は静寂として、そこにある。
ゼロはゼロとして、そこに存在している。

 

首を縦に振ったら、死ねるんだなとわかった。
時空の狭間で、理屈なんてなんの意味もないここで、わたしは死ねるんだなと思った。

 

どっちがあの世でどっちがこの世かわからないけれど、わたしが「この世」と信じて疑わなかったあの世界は、3次元のあの世界は、
意味なんてなんにもないこんなのに、勝手にうまいこと意味づけされてるんだな、と思った。

 

もしかしたら、カッターを刺したことも帳消しになって、誰もにメリットがあるようなシナリオに書き直されるかもしれない。
いま「誰もが自分を責めないように、病気で突然死ってことにしてほしい」と願えば、その通りになるかもしれない。

 

そんなのわかった上で、彼女は「こっちにくるか」と誘っている。

 

何人かの一緒に時間を過ごしてきた人たちの顔が浮かんだ。
わたしがいま死んだら、また誰かがわたしのようになってしまう。

 

一瞬、下腹に力を込めた。

 

じぶんの想いとは思えないくらいなめらかに
「まだまだ美味しいものが食べたいし、まだまだ綺麗なものが見たいから、わたしは残るよ」と言った。

 

「がんばらなくていいよ」と生前から何度も何度も繰り返していた彼女が、はじめて、「がんばれ」と言った。

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「わたしが、世界をつくるよ。」

 

「あなたもわたしも死なない未来をつくるよ」

 

「弱くても傷つきやすくても生きられる世界を。
あなたがのびのびと生きられる世界を。」

 

「自由にそんな風に笑ってるあなたを、わたしは、もっともっと何度でも何度でも見たかった」

 

「もう会えないことが苦しいから、悲しいから、悔しいから」

 

「だから、わたしは、生きるよ」

 

「死ぬことは、宇宙の化石になることだよ」

 

「どういうこと?」

 

「娘のこと、よろしくね」

 

光になってく彼女がわたしを包む。
追いかけても追いかけても彼女はわたしだから、もう一体になっちゃってて、
分離してなきゃ愛を感じられないなんて悲しい、と思った。

 

代わりに死んでくれたのかな、と思いついて、落ち込んだ。

 

一体になってしまったら、もうどちらの誰の願いで想いだったのかもわからない。

 

でも、なんだか、わたしは、生き残った。

 

 

「そうか、革命を起こすんだ」とぽつり思って、気づくとカッターを傍らに、ペンを持ってたくさんの言葉を走り書いてた。

 

「生きるよ」と書いたところで、ペンは止まってた。

 

わたしは、無傷で、そこにいた。

 

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「ありがとう」

 

ありがとうと思いついた。
いつのどこにいる誰から、いつのどこにいる誰に向けた言葉だったんだろう。

 

想いだったんだろう。

 

わたしはわたしが誰なんだか、ますますわからなくなった。

 

 

あれから、4年。

 

わたしは、生きてるひとも死んだひともフラットに救いたい。

 

トラウマや病気や障害だって、その人だから。

 

そこから救済することが救うことじゃない。

 

影と光は対極にあるわけではない。

 

影を無くすことが光へ向かうことではない。

 

 

わたしは、影も、愛してる。

 

 

戦争の反対に平和があるわけでも、自由の反対に執着があるわけでもない。

 

ぜんぶが、無意味だ。

 

それでも、あなたは美しい。

 

あなたと「また会おうね!」と手を振り合えることがわたしは嬉しい。

 

 

種から根が生え、芽吹いて、花開き、命を撒いて、枯れていく。

 

お花なのに太陽のほうを向けなくても大丈夫。

 

水が飲めなくても大丈夫。

 

わたしは、それでも、風を吹かし続ける。

 

あなたの中を吹き抜けて、駆け抜けて、昇天させる。

 

生きることも死ぬこともぜんぶがあなたには詰まってる。

 

そのみずみずしい、鬱屈した躍動が爆発したとき、きっとあなたはいい顔をしている。

 

そんなあなたに、わたしは会いたい。

 

あなたがあなたを信じられなくても、わたしはあなたを信じてる。

 

信じるっていうのは、ただ疑わないってこと。

 

知ってるってこと。

 

 

だから、なにも見えなくても、なにも聞こえなくても、なにも感じられなくてもいいから、

 

こっちを向いて。

 

わたしの目を見て。

 

 

ね、わたしは、ここにいる。
わたしの瞳の中にうつるあなたは、綺麗だよ。

 

「ありがとう」

 

これは、今のわたしから、4年前のじぶんに捧げる、ありがとう、です。

 

 

ヒラタナオ。
(photo by 鈴木恵み)

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