I live in my cosmic world. vol.5 ~お守り~

Delightさんに連載記事を提案していただいてから、

もうすぐ1年が経とうとしている。

「当事者視点のグリーフサポートについての体験談を、連載で綴る」と決めたのに、

なかなか思うように書けなかった。

 

亡くなった人のことを想っては不条理という闇に飲まれたりもして。

筆が止まるたび、

心の整理のついていない自分と何度も向き合わされた。

重たい時間を過ごした。

 

「書く」というのは、「整える」ことで、

整っていないものを綴ることは難しく、

いつの間にか書くことそのものをやめてしまっていた。

 

そんなわたしが再び筆をとったのは、

「もしかしたら、今なら書けるかもしれない」と思ったからだ。

もしかしたら、また筆が止まってしまうかもしれない。

それでも、書きたいと思った。

 

わたしは大切な人を3人、見送ってきた。

 

彼女たちの死は大きな鈍痛として体に刻まれて、

わたしの心と社会に溝をつくった。

 

「わたしの命と同じくらい大切なひとが死んだって、街行くひとは能天気にありきたりな今日を生きてる」

ということが悔しくて、

どこに向けていいかわからない恨みや憎しみに、苦しんできた。

 

「人間である以前に、生き物なのだ」という生々しさは、

ある種の狂気を生んで、

歯止めの効かないやるせなさを知れば知るほど、

自分が社会から遠ざかっていくみたいだった。

 

でも、その中で、

わたしはわたしの強さも、

ひとの優しさやたくましさも、知った。

 

彼女たちの死は、新たな出会いをたくさん運んできてくれたし、

わたしに知らなかった世界を見せてくれた。

 

そのことに気づいた時、生きなければと気を張ってきた自分を生かそうとしてる、

大きな流れや宇宙の理があることを知った。

 

わたしにできることなんか、たかがしれてる。

ならば、この大きな流れに身を任せて、わたしはわたしを生かしてもらおう。

わたしは死ぬまで、生かされてみよう。

いつの間にか、そんな風に感じるようになっていた。

 

ここからはじまるお話は、わたしからはじまる命のお話。

 

ベッドの中、スマホ片手に眠れない、

そんないつかのわたしみたいなあなたの、

「お守り」になれたら嬉しい。

 

呼吸するように、心臓を動かすように、言葉を綴っていきたい。

 

 

ヒラタナオ。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ページ上部へ戻る