人としての「支え」

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私は今年で34歳、妻と0歳の娘がいます。中学から関西の私立に通い、そのままエスカレーターで高校大学と進み、就職も第一志望であった大手旅行会社に内定をもらい昨年の1月まで約9年間勤務しました。振り返ってみると、比較的安定した人生を歩んできたと思います。そんな私が大企業での安定した生活を捨て、昨年の2月に従業員わずか3人のベンチャー企業に転職したのには、叔父の死がきっかけになっています。

 

長男であった叔父は中学を卒業してすぐに仕事を始め、以降働き詰めの人生を送っていました。韓国人だった祖父は当時まともな仕事に就くことができず、その影響もあってか叔父も相当苦労したと聞いています。しかし叔父はまさに土日なしで働き続け、そのおかげで、私が小学生の頃には自分で興した会社が成功し、8階建てのビルを構えていました。今でもビルのオープンパーティーの時の叔父の誇らしげな顔を覚えています。叔父はいつも私に会うと小遣いをくれました。昨日会ったばかりなのに今日くれたこともありました。私が20歳になった祝いに20万円もするタグホイヤーの腕時計をプレゼントしてくれました。よく飲みにも連れて行ってくれました。後から聞いた話ですが、その頃には事業はどん底で借金もかなり抱えている状況だったようです。叔父は私が社会人2年目の秋に突然亡くなりました。姉から連絡をもらった私は添乗中のバスの中で泣きました。ガイドさんだけにはバレていたと思います。(余談ですが、この添乗を笑顔で無事乗り越えれた私は、以降どんなトラブルに遭遇しても冷静に対応できるようになりました)

 

尊敬していた叔父の口癖は「男は仕事やぞ。」どれだけ辛くても仕事だけは頑張れたのは、叔父がくれたその言葉のおかげだったように思います。仕事をこなすようになり、辛い経験をすることがなくなった8年目、私は胸を張って自分の子供に「男は仕事やぞ。」と言えないな、と気付きました。会社を辞めよう、迷わず決心できたのも、叔父がくれたその言葉のおかげです。

 

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叔父が亡くなって今年で11年、今思うのは「悔いのない人生を送る」ということはとても難しいことである、ということです。死ぬ時に一片の悔いもない人なんて、本当にいるのでしょうか?叔父は「もっと仕事したい」「もっと金を稼いで小遣いをあげたい」など、後悔を抱えまくって亡くなったように思います。(今となっては分かりませんが・・・)後悔のない死を迎えることが無理ならば、だったらせめて、自分が生きている間に、誰かの人生を良い方向に変えたり、救ったり、支えになってあげられたら、と思います。私の叔父がそうであったように。叔父は多くの幸せを周りの人に与えてくれ、そして今でも私の中で生きて、支えとなってくれています。かつての大山倍達の名言『虎は死んで皮を残し、人は死んで名を残す』叔父のように、そのような死を私も迎えたいと思って、今を一生懸命生きています。

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